[コラム] 雨の日も里山三昧
閑話1 書くことと読むことの共進化
今年=2010年は国際生物多様性年に当たり、「生物多様性条約の締約国は現在の生物多様性の損失速度を2010年までに顕著に減少させる」という「2010年目標」の達成状況が問われる年です。10月には名古屋で生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開催され、日本政府は里山にみられる生物資源の持続的な利用が生物多様性の保全と両立するモデルになるとして、「SATOYAMAイニシアティブ」を提案・発信します。このため、里山を看板に掲げて活動しているNORAや私の周辺でも、にわかに慌ただしくなっています。たとえば、NORAは10月に名古屋へ行き、地球環境パートナーシップ(GEOC)のパートナーシップ団体としてブース出展します。また、私も10月に東京と大阪で、里山に関する研究報告をおこなう予定です。
こうした状況のなかで、8月に入ってからお盆を少し過ぎた頃まで、私は生物多様性と里山に関する研究動向をざっくりと整理する文章を書いていました。これは、今秋に刊行される専門誌に掲載するための文章です。当初は、お盆前までに書き上げる予定で取りかかったのですが、多くの研究をバランス良くまとめるのは予想以上に大変で、なかなか書けない精神的なプレッシャーのために、全身に湿疹が現れるほどでした。
2-3年前から、体調が悪いときに強いストレスを抱えると、体に症状が現れるようになりました。本当に無理が利かなくなったことを実感します。今年の8月は、連日、猛暑日と熱帯夜が続いたので、きっと知らず知らずのうちに体力が消耗していたのでしょう。そこに精神的なプレッシャーがかかったために、症状が出たのだと思います。
私の場合、他人から押し付けられた仕事のために感じるストレスではなく、自分から進んで選んだ仕事のために感じるストレスなので、結局は自分で自分の首を絞めているようなものですが。あまり、頻繁にこういうことがあると、おそらくさらに現れる症状がひどくなるように思いますので、なるべく無理のない範囲でぼちぼちやっていこうと思うのですが、なかなか自重できないのが実際です。
なぜ、そうしたところに自分の身を置こうとするのでしょうか。それは、そのプレッシャーから解放されたときに感じる一瞬の幸福のためのように思います。実際、頭を抱えながら遅々として進まなかった文章がとりあえず仕上がったときには、嘘のように心の重荷が取れて、2-3日のうちにみるみる症状が消えていきました。
しかし、そうした幸福はマイナスがゼロに戻ったというものでしかありません。もちろん、それでも十分な解放感は得られますが、それだけだったら、自分で穴を掘って埋めただけのことだと後から感じて、絶望してしまうかもしれません。何しろ1人で文章を書くのは孤独な作業ですから。
すると、やはり読み手の存在が重要です。きちんと読んでいただけたときに幸せは大きくなり、書いた労苦が報われます。今回、書き上げた初校を、同じ分野の先輩方に読んでいただきました。数日後、お忙しいなかでも読後の感想や温かい助言・批判をいただき、ようやく達成感を覚えました。もちろん、批判にこたえるために書き直さなければいけなかったのですが、ここからの作業は質に違いがあります。私の書いた文章は、人びとの間に存在するものとなり、協働作業によって産み出されるものとなるのです。
こうしたことを書いた理由は、今日、一方的に投げつけられる文章や一所懸命に書いたのにないがしろにされる文章、いわば宙ぶらりんな文章が、とても多いように感じているからです。書く人と読む人は、互いに関係し合いながら、共に成長し合うものでしょう。しかし、そうした関係性は乏しいように感じています。人に伝えたいことがあるならば、周りの人が伝えたいことに応答していくことも同時に進めることが必要に思います。最近、この点がとても気になります。たとえば、私が所属している学問の世界でも、多くの研究者が大量に文章を書いていますが、それがきちんと丁寧に読まれているようには思えません。そうした問題意識から、8月の暑い最中に研究動向をまとめることにしたのです。
また、現在、神奈川県からの依頼により、県との協働事業や県の助成事業について、応募書類を評価する立場にあるのですが、ここでも多くの文章が簡単に評価されて、採用/不採用の結果が出るだけです。それぞれの書類を作成するためにかけられたエネルギーが、十分に活かされていないように感じます。
お盆に実家へ帰ったとき、短歌の世界に所属している弟と、この件について話し合ったところ、まさに短歌は歌う人ばかりが多く、読む人が少ないと言っていました。近く、彼は短歌評論を書くようですが、おそらく私と似たようなことを感じているのだと思いました。
もちろん、文章を書く以外にも、自分が伝えたいことを他人に伝える表現方法はたくさんあります。しかし、どんな場面であっても、受け取ったらそれを丁寧に投げ返すというキャッチボールは、社会的に生きる私たちにとって大切でしょう。それによって、一人ひとりが強くなり、また相互に支え合いながら生きていけるのですから。
(松村正治)
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