里山とは

[コラム] 釜飯仲間・おこげのお話

第10回 釜飯仲間・おこげのお話

 はまどまの夜...前回と同じ書き出し...。

 だが、前回のような「体にまとわりつくような湿気を帯びた」風ではない。さわやかな、秋がすぐそこに迫っている、と思わせる夜風が心地よい。が...。

 惑わされてはならない。地球の気象が平準ではなくなって久しいのだ。本当に秋など来るのだろうか?去年だって、「秋がないまま、すぐ冬になりましたねぇ」と、空を仰いでいぶかしがりながら、夏になったら、横浜開国博Y150ヒルサイドエリア「つながりの森」への出展をしようと決めたのだ。
 
 神奈川では「梅雨明け宣言」が出たにもかかわらず、本当に梅雨が明けたのか、実は明けていないのか分からぬまま、全国に大雨の被害と犠牲者をもたらした夏...しかし私たちの出展は無事終えることができた。

 そして、今も、「つながりの森」で、私たちの「竹の風ぐるま」は、今夜の爽やかな夜風を受けて回っている、と思いたい。

 開幕を直前に控えた、梅雨のさなかの6月下旬、はまどまの仲間たちが、雨のやみ間に必死で飾りつけた約800個の竹の風ぐるまは、9月27日の閉幕まで「つながりの森」で、NORAを人々に知らせ続けているのだ。

 一週間交替で「つながりの森」に出展する市民創発プロジェクトが180余り。この、空前絶後とも思われる企画の先に何があるのか?

 会場の片隅に、あまりにも溶け込んで、通りすぎてしまうような木造の建物がある。開催期間中、ずっと出展しつづける企画の一つ。

「茶堂(ちゃどう)プロジェクト」

http://chadoh-project.com/index.html
 
 それは、小さな小さな、フリースペース「茶堂」。人々が集い、憩い、言葉を交わし、心を重ねる場。旅人を迎え、しばしの安らぎを与え、新たな旅立ちを励ます場。

 わたしたちの祖先が培ってきた豊かな文化が「茶堂」に凝縮されてはいないだろうか?
 
 私たちは、「茶堂」の存在を知らなかった。が、「はまどま」に込めた私たちの思いと「茶堂」は、つながっている。それは偶然ではなく、この日本の自然と文化が、私たちにもたらしてくれた必然だったのだ。

 釘を一切使わない木組みの技。木の味わいと力。「茶堂」に身をゆだねたとき、全身を包みこんでくれるものは、いったいどこからくるのか、何なのか?それこそ、私たちが「はまどま」で求めようとしているもの、なのかもしれない。

 「つながりの森」を体験した子どもたちは、50年後、開国・開港200年を祝うであろう横浜で、まだ「現役世代」。この国の中核を担っているだろう。
 
 9月27日の閉幕まで、一人でも多くの子どもたちに、「つながりの森」を体験し、「茶堂」に触れてもらいたい。「茶堂」で遊んでもらいたい。「茶堂」の"力"に包まれてもらいたい。

 私たちの営みは、悠久の時を経て、祖先から受け継がれてきたもの。やがていつか、次の世代が活かしてくれるものと信じたい。
 
 もちろん、私たちの「竹の風ぐるま」も目にして、心に焼き付けて成長してもらいたい。...そのためにも、雑草取りに、竹の風ぐるまの手入れをしに、「つながりの森」へ、まだまだ、通うことにしよう。

風ぐるま.jpg

(おもろ童子)

[コラム] 釜飯仲間・おこげのお話その他の記事